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2008年1月13日 (日)

東京物語…三連発続き:ガキ大将

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■ ・・・続き ■Scan_016_2  【↓この写真は昭和30年代半ば店の前で隣りは姉】                                                        しかし…逃げ帰る訳にはいかない。まずは時の流れに身をまかせ~♪と… 。翌日新入社員歓迎朝礼に出ると、各有名大学卒のツワモノ勢揃いの中に、方言丸出しの田舎者(私)がひとり紛れ込んでいた。仕事の内容なども思い出せば切りが無いほど面白いが、ここは頭を仕事からはずし癒しの空間でもありたいので、あえて書くのは避けることにする。

保谷寮だが…狭い…部屋は端…と考えた末、ワーゲンのキャンピングカーを手に入れ、窓の外に張り付け部屋を広げた。次第にお気に入りの空間を作りだしていった。と考えるのは私だけで、周りから見れば呆れ果てた変わり者だっただろう。多忙な毎日の中でも都会の探索も忘れなかった(探索=俗に人は遊びとも言う)。秋葉原~新宿~渋谷~青山~表参道~自分の庭のごとくマメに繰り出した。これはナンパのためではありませんので、お間違いなく。ビルや最新のデザインの店舗・最先端ファッションに魅了され、吸収し、田舎に帰省時お持ち帰りの都会的センスを養うためにだ。                                                   ある日、上野を(後で知るがバイクの街)探索中、お気に入りになれそうな、カワサキ750-Z2を発見&購入した。少しくたびれた雰囲気(レストア前)のコイツは独りボッチの私を夢中にさせ、手の先はオイルで真っ黒、夜更かしのせいで目は真っ赤っか。朝5時には起床で寮の朝食を流し込み、遅れまいと保谷駅(ホヤだが、みんなホウヤと言う)まで猛ダッシュだ。いつものごとく朝の満員電車・・・時たま「きゃ~痴漢」とかの女性の声を耳にするもんで(私は関係無いので、念をおして書いておきますが)私はいつも防御し、両手をあげて乗る習慣は、おかげ様で立って眠むるゲイトウが身に付いた。

「お前何してるんだ?汚い指だなぁ・・・清潔にしろ!」とかお叱りを受けながら、夜な夜なバイクのレストア(古い奴を新車のようにする)に取り組んだ。さっきも書いたが、あえて仕事の事を書かないだけなので、仕事をしない奴だと、お間違え無く。とりあえず少しだけ触れれば、最初は1番~ずッッッとベベチョ~最後はトップ。内容は http://0-0.kinyodo.co.jp/career_glass/career_glass.html ここからの遠近両用の種類→アイポイントゲ-ジ→センタ-レ-ションチャ-トを見れば、遊びも本気・仕事も本気(*^^)vが一目瞭然だ。。。とカバ-して書いておいた。独創性&精密・緻密&理詰めな性格が功をなしたか朝夕無く、レストアも仕事も充実していた。   まさに、遊びの天才だ。。。           ★つづく・・・★

■ ・・・続き ■Scan_021_4                                                      ニヤニヤしながら昔のアルバムを開いてみた。宴会やら会議やら後援会なんかもあったが…探したのはこれだ…これ。寮の窓の外に古ぼけたバイクを置き、ネジひとつひとつをバラバラにして分解し…寮の部屋の中は、緻密に並べられたネジや部品だらけw(゜o゜)w整備士の資格があるわけでも、慣れているわけでもないのに『人間の組み立てた物ならバラバラにしても、俺にも組み立てられらぁ~♪』との勢いと、バラバラにし過ぎて後戻り出来なくなった頭ポリポリ(^^ゞ状態の悪戦苦闘が続いた。ネジひとつひとつまで磨きあげピカピカ…そして塗装をかけて組み直すと、そこには新車のようなZ-2が出来上がった。なんでもやってみる価値はあると(ネジが二つ余った事は今だから言うが)我ながら感心した。エンジンもワイヤーホイールもピカピカだ。エンジンをかけシュルルン♪シュルルン…ゥワン~ゥワンと、なかなかいい吹き上がりだ。車検を入れに出し、ネジが二つ余った事は告げなかったけど通ったのだから…まぁ、いいのでしょう。
それから毎日、明け方になうと東京(都心)探索に繰り出した。がゆえ裏道や近道までもが自分の庭のごとく手にとるようにおぼえた。不思議と事故も違反も無かったのは…深夜だから、車通りも無く空いていたせいであろう。

まるで、キャロルの矢沢永吉や、クールズの館ひろしにでもなった気分だッッッた。
親元を離れ自由奔放に出来た第一歩であるが、まさかこんな事をしていたとは…今まだ健在な母も知らない出来事だ。この面白さがコウジテか子供が出来てからも(いい加減大人になってからも)45歳位までレストア(バイクや車イジリ)が続いた。隣、近所、いや私を知る人は皆、バイク&車好きな私を呆れて見ていただろう。。。しかし再開発破綻のとばっちりを受けた私(会社)は、会社本体を守る為に趣味のバイク&車の数々から自宅&別荘にいたるまでの贅沢品は全て処分し思い出となった。                   

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