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2008年3月10日 (月)

私は注射が大の苦手・・・(@_@;)

blog を、書くのに寒いから・・・ ファンヒーターと、足元に電気ストーブをつけていた。 ストーブ側のズボンの足 ( ふくらはぎ部分 ) は時々熱で熱くなり・・・ たまにチクチクするなぁ~ξ  くらいに思っていた。  ある日風呂に入る前、ズボンを脱いだ時に気が付いたが、足のふくらはぎの外側が赤くなっていた。     低温火傷 ( ヤケド ) だ・・・ 痛たたた (*_*) 見たら、よけいに痛くなって来た。  なんて気ままな感性の身体だろうか w(゜o゜)w  ぁはは  幼少の頃から ( 現在もだが注射が嫌い ) ・・・ 風邪をひき、熱が出て、頭が痛くなり → 病院に行く。   しかし病院に着き、消毒の臭いを嗅ぎながら順番を待っている内に、( いや、正確には、順番が近づくにつれ・・・ 注射が頭をヨギリ ) 次第に頭の痛いのも治ってしまう事が度々あった。  痛い注射と苦い薬から早く無関係になりたいがゆえの暗示なのだろうか。  今回は、ヤケドを見るなり痛くなったんだから ⇔ 逆だなぁ (@_@)・・・ しかし、『 病院に行ったら~?』 と言われた瞬間に、治るんだから・・・ 我ながら、単純で気まぐれな身体だ。

■ 生まれて今まで、三回入院をした。  最初は小学生の高学年だったろうか、盲腸の手術によってだ。  お腹が痛くなったが注射が嫌で、我慢をしていたが、破裂寸前まで我慢し過ぎて、危なかったらしい。  看護婦さんにパンツを脱がされ、生え始めたばかりの毛を剃られ・・・ 私は恥ずかしい気持ちで盲腸どころではなかった。   手術室のベットの上に寝転び、テレビに出て来るようなスポットライトが列んだようなのが、天井からぶら下がっていた。  当時、注射の麻酔か、何かを嗅いでの麻酔かは覚えて無いが・・・ 『 ① ② ③ と数を数えて・・・ 』 と、言われ数えたのを思い出す。  数を数えている私に、先生や看護婦さんもイタズラっぽくメスを見せ、ホッペタに少しメスの先を当てチクリ・・・ 『 痛いξ 』 と私は声を出した。  次に看護婦さんは胸のあたりに少しチクリ 『 痛いξ 』 ・・・ 次は何処にチクチクするんだ??!     なんて考えていたら・・・ 『 もう切っているけど痛く無いでしょ? 』 と言われ、まさかと思い起きようとする私の手を看護婦さんが握ってくれて・・・ 『 眼をツムッて♪すぐに終わるから 』 といった。             私は盲腸どころでは無い。  握られた優しいすべすべした手の平が気になり、甘えてぎゅ~ッッッと握っていた。   心地良い気分にヒタリ・・・ いつまでも握りしめていた。  が、ほんのり眼が開いた時は、手術室では無く、病室のベットの上・・・ 今まで握ってくれてたのかと、少し汗をかいた手の平を見てビックリ w(゜o゜)w セロテープを握ッッッていた。  青い淡い思いは吹き飛んだ。

■ 二回目に入院したのは、結婚して一年目か二年目だった。  確か長男は生まれ、次がお腹の中にいた頃だったように覚える。  私の姉が嫁いだ整形外科医が ( 今は津山中央病院がある場所に、国立療養所があった ) 国立療養所の整形外科を担当していた頃のこと。私は、仕事にハッスルし過ぎて徹夜続きで、風邪をこじらせ、急性肺炎をおこした。万事安全をキシテ入院を!  入院生活は案外暇で暇で・・・ξ  ある程度歳も取ってズルさも出て来、病院の駐車場に車を置いて、検査以外の時間とか・・・ 外食や酒が欲しくなったら、見つからないように忍び出ていた。   検査の時、初めての胃カメラ・・・ (*_*) まずは、腕に麻酔注射 ← 『 私は身体が大きいので、麻酔は倍にしてください 』 と・・・ 普通量しか討ってくれなかったが。   次に診察椅子で口をあけ 『 あぁ~ん 』 舌に何か ( 麻酔 ) を塗られ・・・診察ベットに横になった。 カメラを口に入れる前に、拒絶感が込み上げてか意識不明 (@_@)  『 血圧が下がっています。点滴を! 』 と闇の中で誰かが話してた。  点滴を吊すポールのコマがカラカラカラと聞こえ 『 点滴します! 』 の一声に眼が覚め、『 大丈夫です! 』 と点滴注射を止めた。  やはり、よほど注射が嫌いだと痛感。   二度目のチャレンジは病院側もしなかった。 ぁはξ  そして無事退院・・・

■ 三回目の入院は、四年前に庭の増改築をしていた時の事故だ。  一月だっただろうか小雪のチラツク中、業者の持ち込んだユンボーから降りた瞬間、滑り転んだ。  一部車庫を解体しといた為に庭の敷地にはコンクリートと鉄筋が散乱していた。  ブロックひとつ分くらいのコンクリートのガレキの中から、何本もの鉄筋が・・・ 剣山 ( ケンザン ) か、フグの針千本かのように空に向けて立っていた。   その鉄筋の間に挟まる? ちょうど運良く、避けれた? ように転げ落ちた。  鉄筋ガレキの中に転げ落ちた瞬間、目の前に鉄筋の先端が見えたのと、運よく目に刺さらなかったとしても・・・ 切腹状態か、肺か、心臓に、刺さると瞬間判断し、死んだと覚悟した。  脇の間、首横、足の両側・・・スレスレ間一髪で、身体のどの部分にも刺さらず、助かった。   運命とでも言うか、先祖に守られた気がした。   昔から何でもギリギリのところで助かる・・・ 今までのバイトや車歴や、それらの乗り方やスピードから考えても、よく生きているなぁ・・・ と感じる (^^ゞ  しかし、それぞれの場面でゲンコツを入れられるが、今回は刺さる程の大事には至らなかったが、男の大切な、タマタマを太股で挟んでしまった。  ツブレまではしなかったが相当の痛みが走った。  救急で津山中央病院に行き、緊急入院となった。   一週間入院後、次から次に新しい患者が入院する為、この程度の事なら退院なのだろう・・・ w(゜o゜)w しかし車椅子使用かツエ使用しても痛みが走るξ   

中央病院から芳野病院に移り、二十日間の入院継続となった。  注射嫌いな私だが、さすが長期入院ともなれば、毎日の日課だ。  お利口して診察時間 ・ 注射や点滴時間を待つようにもなるんだから、呆れる。  ひと歳取ってからの入院は、外出もせず・・・ オトナシイもんだ。   ライオンズクラブのメンバーのお見舞い位が面会だし・・・ よし、内科での入院では無いが、ついでに痩せてやろうと、病院内食事も減量メニューにしてもらうなどの、楽しみくらいなもんだった。   おかげさまで15㌔の減量成功だ!  すぐリバウンドしたけど・・ ・ぁはは  (@_@;しかし持続すれば、健康&モテルかも知れない ~ !!? ♪

もうひとつ思い出した。入院の話では無いが・・・ 年二回津山鶴山ライオンズクラブは、成人式の日アルネで、夏場ウエストランドで献血運動を行う。  注射は嫌いで = 献血も苦手だが、ある時ライオンズクラブのメンバーが 『 人の倍取ってもらッ~て、調度いいくらいだろう!』 とか言われ、バスに押し込まれた。・・・ 『 400ccを! 』 と。 しかし (>_<) チクリ (*_*) 痛 ~ξ  わずかの血を採取され、クダに赤い血を見ただけで、気分が悪く・・・ 気絶しそうにもなり (-_-; m(__)m 途中で 『 やめて~ッ !!! 』 と、心の中で叫んでいた・・・実際には、小声で ( たぶん、看護婦さんには蚊の鳴くような声に聞こえたと思うが ) 『やめて下さい・・・ 』 と、ささやき、中止させた。 ほとんど血は取られていなかったが、フラフラしながらバスから出て来た私を見て、ライオンズの仲間は、ヤクルトをくれた。 今だから言える話だが、まさかバス中での事実は告白できなかった。   やはり注射・針・血・消毒の臭い・病院は苦手だ。 皆さんも健康には気をつけていただきたい (^0^)/

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