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2017年9月16日 (土)

16歳の、私の原点に戻れた日/60歳の還暦を軸 に、原点回帰・輪廻転生

よくここまでやりまいた ヽ(´▽`)/ パチパチパチ 経験は人を育てる 》 に書いたように、2017年10月6日に 60歳の還暦を軸 に、原点回帰・輪廻転生 を迎えるかの如く、何年間もどうしても聞きたくて、Youtube 内で探し続けていた歌 「 小椋佳 - 砂漠の少 」 をやっと見つけた (*^^)v 「 さらば青春・しおさいの詩・六月の雨・春の雨はやさしいはずなのに・少しは私に愛をください・木戸をあけて 」 までは造作やカバーなども含め掲載されたのを見たり聞いたりした事はあったが、永年の間、特に 「 砂漠の少年 」 は見当たらなかった。 目に飛び込んで、即座に聞いたが・・・ 嬉しくて、感動したのは勿論だが、16歳の頃の純な自分に戻れて、瞼が熱くなった (p´□`q゜o。。 この時期に、出した Youtube の画面に、瞬間に見付けれたのは、偶然では無く、必然のようにも感じた。 以前にも書いたが・・・ 実は、小椋佳さんがデビューし、「 東宝映画 「 初めての旅 」 挿入された歌/砂漠の少年 」 「 さらば青春 」 を聞いた後にすぐさま、ファンになり、小椋佳さんの勤務していた東京第一銀行・小椋佳様宛でファンレターを出したら、東京第一銀行・エアメール封筒で、「 ほんの二歳で死んでいく 」 の次のLP情報などを、自筆手書きで書いて、返事を下さったた事があった。 大切に保管していたが、何度も家を作ったり引越しをしている間に、無くしてしまったが、残念だなぁ ヾ(_ _*)・・・ ま、それはさて置き、これらの歌が、青春時代の私の感性・慣性を育ててくれた歌だった事に間違いない。

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● 小椋佳 - さらば青春 ( 1971年2月21日/しおさいの詩が裏表でシングルレコードが発売された。 作詞・作曲:小椋佳/編曲:小野崎孝輔 ) ● 小椋佳 - しおさいの詩

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● 小椋佳/砂漠の少年 ( 1971年6月1日 「 六月の雨 」 のB面曲でシングルレコードが発売された。 東宝映画 「 初めての旅 」 挿入歌 だった。 作詞・作曲:小椋佳/編曲:小野崎孝輔 ) ● 小椋佳 - 六月の雨 ※ 聞いてみられる方は、●↑↓ 検索用語で、Youtobe でどうぞ♪

東宝映画 「 初めての旅 」 ストーリー・・・ 明治神宮外苑表参道の落葉にうもれた並木道で、西村純一と尾根勝は出会った。 二人はどちらからともなく、舗道にとめてあったスポーツ・カー、オースチン・ヒューレーに乗りこんだ。 「 どこへ行こうか 」 「 どこでもいいさ 」 二人はそれだけの会話を交わすと初めて笑い、そのまま旅に出た。 運転席の純一はよく道を知っていた。 家中でよくゴルフに出かけるからだという。 勝は、東京のごく一部の馴染の町だけしか知らない。 勝の家は貧しかった。 ぐうたらな父と浮気な母。 父は決して勝を可愛いがらなかった。 父と母は離婚し、父のかわりに若い男が入って来た。 やがて勝は町工場に勤めたが、息のつまりそうな毎日だった。 勝は給料日だったその日、何もかも馬鹿らしくなり、工場を飛び出した。 純一と勝は江の島海岸で遊び、純一は牧場を経営する伯父がいる三島へ行くことを提案した。 伯父は西村一族の鼻つまみ者で、若い頃渡米し、終戦まで帰国しなかった。 伯父は西部の大平原を真っ赤に染める夕陽を見た瞬間、心を奪われ、そのままカウボーイになってしまったのだという。 純一の家はかなり“きちん”とした家だった。 母は教育熱心で、他の兄姉はみな社会的に有力な家に嫁いだり、そういう家から嫁をもらったりしていた。 だから牛飼いの男が一族の中にいること自体、許せないことだった。 車を走らす純一は、自転車にのった少女とすれ違うと、去年の夏の甘ずっぱい記憶がよみがえった。 海岸で出逢った男の子のような少女。 純一と少女は五米ばかりの間隔を置いて釣竿を落としていた。 純一は少女の口ききで釣った魚を街の食堂に売った。 その後、この間隔はちぢまり、餌入れは共同使用となった。 純一の伯父の牧場はすぐ見つかった。 伯父は間もなくここを売って北海道へ行くという。 その時は、世話になった心のきれいな人に何かを残してあげたいともいった。 純一は車を盗んでここに来たことを告白した。 「 返すべきだろうな……もっと強くなりなさい 」 と伯父はいった。 警官が玄関先にたったのはその時だった。 警察で純一と勝は訊問された。 純一の父が法務省の次官だとわかると刑事は、二人を引き離そうとしたが純一は真っ赤な顔で振り返った 「 西村さんとは何だ! 西村と呼び捨てにしたらいいじやないか! 僕たちは同じことをしたんだぞ! 」。 飛びこんできた警官が二人を別れさせたあと、勝は独り埃りっぽい部屋の一隅に坐りながら微笑んだ。

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● 小椋佳 - 少しは私に愛を下さい ( 1971年10月1日 「 春の雨はやさしいはずなのに 」 のB面曲でシングルレコードが発売された。 作詞・作曲:小椋佳/編曲:小野崎孝輔 ) ● 小椋佳 - 春の雨はやさしいはずなのに

● 小椋佳 - 木戸をあけて-家出をする少年がその母親に捧げる歌 ( 1971年 ) /( 1972年 「 彷徨・さあよい 」 LPレコードが発売された。 作詞・作曲:小椋佳/編曲:小野崎孝輔 )

D0022648_2332739D0022648_2324971D0022648_161662D0022648_2330395946年前という事は、私が16歳の時に、一番共感できて、お気に理になり、聞き入っていた曲だ。 思春期ではあっただろうが、ナイーブで、感性・慣性が高かったようにも思える。 「 激 」 な私が生きながら、心の片隅に存在する ●↑ に共感する自分を知りながら生きていた。 というよりも、表面的な 「 激 」 よりは、こちらの 「 静 」 の方が、誰にも見せない本当の自分の姿だったんだと知っていた。

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